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こだわり人NEW[2018.01.24]

江戸唐木箸にこだわる老舗の箸専門店 / 株式会社川上商店(東京都・中央区)

年の暮れから新しい年の幕開き期になると、ついつい身の周りを眺めてみたくなる。すると、この1年“感謝”と共に新しい年への“希望”が自然と湧き上がってくる。

希望と言えば、東京都の神宮でさまざまな夢を載せた槌音が響き渡っている。勢い、東京オリンピック、パラリンピックの会場になる国立競技場の建設現場などを見ると、さまざまな想像力が駆り立てられる。2年後には世界のアスリートがここでどんな挑戦ドラマを見せてくれるのか、夢が夢を呼ぶばかりである。世界中の目がここに釘づけになり、世界の東京が一段とその存在感を見せつけることだろう。まさに、インターナショナル・シテイー TOKYOだ。

中央区の方とこんな東京談議をしていると、「“世界の東京”に向かってきわめて日常的な分野でがんばっているこだわりの企業が中央区にありますよ」という話になり、一対の箸を見せられた。手にすると、その箸に『HASHI & TOKYO』と刻印され、「2020年のオリンピックに向けて東京都が国内外に向けて発信する『& TOKYO』の取組の一環で、江戸庶民の昔から愛してきた『江戸唐木箸』とコラボしたんです。中央区の馬喰町にある川上商店という箸にこだわる企業です」だ。

面白い。江戸唐木箸と言えば江戸っ子の気質や好みを活かして、華美な細工や塗りを抑え、黒壇や紫壇などの銘木を材料とするシンプルな箸ではないか。カタログなどを見ると、日本橋で創業以来65年、箸の専門店としての知識とノウハウを活かして国内メーカーの2000種類以上の箸を取り扱っていますと言われると、もうボクの好奇心は全開だ。

ということで、今回は日本橋馬喰町にある川上商店に着目させていただいた。我が国固有の伝統的な箸を東京オリンピックに絡ませるなんて、そのこだわりもお見事という他ないではないか。

こだわり人 ファイル067

江戸唐木箸にこだわる老舗の箸専門店

株式会社川上商店(東京都・中央区)

●日本の景気動向を知るバロメータ、馬喰町

日本橋馬喰町と言えば、何かと気になるところだ。この街を歩けばこの国の景気動向が一目でわかるという経済学者も多い。確かに生活に密着した衣料店や日常雑貨店が軒を並べている。至る所で商品に群がる人や大きなショッピングバッグを手にした人を見かけるし、全国各地のナンバープレートを付けた運搬車や配送車が激しく行き交っている。

銀座や新宿などの賑わう消費地とはまた一味違った趣があって、どこか愛着を覚えるのは何だろう。店先の商品やお店の看板を見ながら歩くのも楽しく、まさにショップハンター気分に酔っていると、お目当ての川上商店だ。

あいにく、社長の川上4代目にお目にかかれなかったが、入社2年目の若い女性が対応してくださった。企業を代表する方もいいが、このような若い方から話を聞くこともいいもので、この会社のポリシーがしっかり根づいていることがわかるというものだ。

「おかげさまで、お箸一筋に65年です。ここは『手もち屋』と呼んでいますが、ショールーム兼販売ショップです。全国各地のメーカーさんの2000種類以上のお箸を扱っていますが、ここには常時、約500種類を展示させていただいています。中でも人気は私どもがこだわっている『江戸唐木箸』ですので、そのこだわりを紹介させてください」

HPで、箸へのこだわりを読んではきたが、やっぱり生の声で聞くのはいいものだ。

「お箸というのは日本人にとってなくてはならない特別な存在ですね。毎日使うものだから自分の魂が宿るものと言われてきています。この国で最初にお箸を使ったのは遣唐使から中国の食事作法を知った聖徳太子だと言われています。以来、現代まで、1400年以上、綿々と受け継いできたのですからお箸は日本文化の象徴の一つですね。また、こうしてお箸をお売りしていますと、お箸に対するお客様のこだわりもよくわかります。“太くて、重くないと頼りない”とか、“故郷の塗りの箸以外使わない”とか、”細い竹の箸でないと持ちにくい”とか、“毎日使うのだから、縁起を担いでここ以外では買わない”とか、実に多様です。ですから私どもは歴史あるお箸への想いと、多様なお箸ニーズにとにもかくにも応えていくことにこだわっています。その数2000種の品揃えというのは、裏を返せば私どものこだわりなんです」

●たかが箸ではない、されど箸ありだ

嬉しいね、このお客様想いは。こだわりとこだわりの共演ということが65年というこの会社の歴史を支えてきているのだ。箸は毎日使うものだ。しかも、口に持っていくものだ。機能性、安全性、衛生性、装飾性、さまざまな要素が集約されているのだ。まさに、この国の食文化の裏に箸ありということだ。たかが箸ではない。されど箸ありということではないか。ある食通が器も箸も味の一つと言っていたが、納得だ。

そこで、こだわる『江戸唐木箸』についてお聞きしたので、その大要を紹介しておこう。

「『江戸唐木箸』というのは、まさに江戸っ子の気質、心意気を映した、厳選した銘木を材料とするお箸です。ベテランの職人さんの手によって一膳一膳、丁寧に磨き上げています。手にしておわかりにように滑らかな触り心地が特徴です。
唐木という名は奈良時代に遣唐使が中国から日本に伝えたからだと言われています。素材としては黒壇、紫壇、鉄刀木(たがやさん)などの銘木が使われます」

まさに、江戸の人々の気質を受けとめて華美の細工をしない、木の良さをそのまま生かした箸なのだ。その種類も豊富で、食材や握り心地などを鑑み『けずり』とか『四方面削り』とか『八角削り』といった箸が用意されていた。特に、「男性を意識した『唐木男箸』などは太くてがっちり持ちごたえがあるので、つい購入してしまった。また、末広がりで縁起がいいと言われる『唐木八角』などは、誕生日祝いなどおめでたい時に贈り物にしようと思ったものだし、先に区の方から紹介された『& TOKYO』の箸も、ここで見るとまた一段と存在感があるし、そばに並んでいた江戸伝統の千代紙模様の『江戸千代紙の箸』も江戸・東京の雰囲気を備えて、何か心揺るがすいい感じだ。

ショールームにはこのほか、輪島塗の『高級箸』や高級アワビの貝を使った『螺鈿のお箸』、さらには、北海道の樺を使った『積層箸』、竹を使った『竹のお箸』、子供に喜ばれる『どうぶつ木玉箸』、さらにさらに、『縁起箸』や『干支箸』や『誕生花箸』や『セット箸』等々、普段、ほとんど気にしなかった箸に、こんな多くの品種があったのか。ただただ多彩な品揃えには魅せられるばかりだ。それぞれをクローズアップして紹介したいのだが、“ここは実物を自分の目でじっくりご覧になるといいですよ”の思いを優先だ。出掛けてみてください。箸の総合デパート、いや、箸のテーマパークの雰囲気に魅了されますよ。

●長く使っていただきたいために、工場との連携プレイ

ところで、このような多彩な箸はどのような工程を経てここに並んでいるのだろうか。川上商店では多様なお客様のニーズに応えて、全国各地にある協力工場に箸の生産を依頼して販売するという形態をとっておられるので、工場によってさまざまな形態があるそうだ。そこで、一般的にWEBや書籍などで紹介されているものを参考記述させていただこう。

  1. 材料の調達
  2. 皮むき
  3. カンナ削り
  4. スライス断ち
  5. 乾燥
  6. 選別
  7. 面取り
  8. 磨き
  9. 最終チェック
  10. 実装
●木材資源の保全にも、尽くしたい

「一口にお箸と言っても、奥が深いですよ。私たちの毎日の食生活に欠かせない伝統的なものですからね。そのお箸を日本の大切な文化として永く使っていただきたい。また、地球環境保全という面から繰り返し利用するという観点から『箸塗り直しシステム』というサービスに力を入れていますので、最後に少し紹介させてください」

川上商店では売りっぱなしということではなく、売った後のことも考えておられるのだ。このシステムは塗直し用の箸を飲食店様などにお勧めし、いつでもきれいな状態で使っていただくことを目的とするサービスだ。
これは、お店にとってもお客様にとっても嬉しいではないか。ここにも川上商店ならではのこだわりを垣間見るではないか。

  • 耐久性の高い木材を使った箸を繰り返し使うので経済的
  • 割り箸などと違って、ゴミが削減できるので環境保全につながる
  • 本格塗り箸という高級感が維持できる

といったことにまたまた納得だ。そのため、塗り直しはより完璧でなければということで、木曽の職人さんに依頼し、木地に生漆を直接塗り込む手法をとって“丹念に”を合い言葉にされているのだ。

「職人さんが手間を惜しまず丹念に塗り直しますので、すでに多くのお客様から喜ばれています。とりわけ、大人数を迎えるホテルや大きなお店で好評です。いつでもきれいに塗りなおしたお箸が使えるということで」

●日本人の箸へのこだわりは尽きない

かつて、箸の語源を調べたことがある(大和言葉で『ハ』は物の両端。『シ』は物をつなぎ止めるの意)。また、日本の箸文化を世界にそして次世代に伝える『日本箸文化協会』や『日本箸道協会』、さらに箸を通じて日本の林業や森林を守る『樹恩ネットワーク』などの団体の活動があるが、嬉しいではないか。まさに日本人の誇りだ。

時あたかも、新しい年を迎え祝い箸が食卓に載るだろう。折れにくくするために柳を使い中央を特に太く作らせた。また、両側が細くなっているのは一方を神様が、もう一方を人が使って、共に食する”神人共食”の印だそうだ。新年を迎えて神様と共に食事してなんて、箸へのこだわりは昔も今も延々と続いているのだ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2017.12.20]

伝統的な江戸横笛〈篠笛〉へのこだわり / 大塚竹管楽器(東京都・足立区)

早いものだ。2017年も早や最終ラウンドだ。さまざまな出来事があったが、ここに来て一段と気になってきたのは“モノづくり日本”を代表するような名門企業の事件簿である。経済学者の多くはその動静を嘆き、この国のものづくりマインドは堕落していくばかりだ。しかも、それが会社ぐるみというから、もう一度タガを締め直せと警鐘を鳴らしている。

そんな中、いつもこの『こだわり王国コラム』を愛読いただいている足立区の方がちょっと気になる1冊、『足立が誇るものづくり』を送ってくださった。このような冊子は区や市でもさまざま形で作成されているが、まさに官民一体となって地元ブランドの啓蒙、拡大のためにということなのだろう。普段なかなか目にしないことが熟知できるのだから本当にありがたいものだ。これからこまめに目を通していこうと、『足立が誇るものづくり』のページをめくると日本の伝統的な横笛〈篠笛〉を作る大塚竹管楽器という企業が気になった。というのは、篠笛づくりの名人『獅々田流』笛師の新山氏に師事した中村甚五郎氏を初代とする創業100年近くの企業で、現在4代目の大塚 敦さんが引き継いでおられるからである。

祭り好きなボクのことである。先日も近所の神社で、あの祭囃子の音色に心を踊らしたものである。祭囃子と言えば篠笛ということは知ってはいたが、秋祭り賑わうこの季節、今日も全国各地であの独特の音色が響き渡っていることを想像すると、“どうぞ、あの雰囲気を次代の子供たちにも伝えてやってください”と思う。
ということで、今回はこの国の伝統的な江戸横笛〈篠笛〉にこだわる大塚竹管楽器の4代目、大塚敦笛師に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル066

伝統的な江戸横笛〈篠笛〉へのこだわり

大塚竹管楽器(東京都・足立区)

●1本の竹を楽器に変える、こだわりの技

大塚竹管楽器の本社は足立区の西新井で、工房兼ショールームは同区の最北端部にあたる入谷にある。日暮里から『日暮里・舎人ライナー』に乗って約20分。工房のある『舎人駅』に向かった。この界隈は、かつては農業地だったそうだが、ライナーなどの敷設によって新興住宅地や流通・物流地に生まれ変わりつつあるそうだ。その変化は車窓からもうかがうことができるが、新旧が上手に混じり合って、次代への新たな街づくりが着実に始まっていることが見て取れる。モダンでありながら、のどかな雰囲気のライナーなどもそれを先取っているようで、この街に溶け込んでいる。

舎人という名前も何か訳ありそうなので、その謂れを調べてみたが、土豪舎人由来説、舎人親王由来説、地形名称設、聖徳太子由来説などがあって、いまだ確定していないそうだ。

『舎人駅』から歩いて20分。工房&ショールームは周りの雰囲気とひと味違ったモダンな佇まいだ。近づいて見ると、その佇まいは住居の横に止めたトレーラーを改装したもので、この空間に対する大塚さんのこだわりが伝わってくる。中に入るとまたまたおどろかされる。8畳ぐらいの空間に篠笛の藤巻を作業場の一角と、1000本以上はあるだろう、ブランド品の『竹峰』『竹渓』『東雲』『麗』がいまかいまかと出番を待つように行儀よく陳列されているのである。

篠笛だけをこれだけ多く並べた姿をこれまでに見たことがない。1本1本が見事な存在感を見せる姿には、大塚さんのこだわりをいま一度見る思いだ。そこで、初歩的なことだとことわって篠笛の特徴について伺ってみた。

「篠笛というのは日本の伝統的な竹管楽器です。材料に篠竹を使うから、このように呼ばれています。篠竹には唄口という空気を吹き込む穴と指孔という指穴が開いており、竹の内部には漆や合成樹脂が塗られています。また、竹が割れるのを防ぐために籐を巻いています。かってはほとんど装飾のない、竹そのものといった素朴なのが特徴でしたが、現在は装飾を施したものが主流になっています。貴族などの上級階級が使ったちょっと派手目の『龍笛』や『能管』と違って、庶民的な気軽さが魅力だと言われています」

『龍笛』『能管』を見せていただいたが、改めて『篠笛』の素朴さに納得だ。すると、大塚さんは篠笛には大きく分けて三つのタイプがあると言う。

「一つ目は『古典調』と言われる主にお祭りのお囃子で使われる笛です。私どものブランドで言えば、『獅子田流』を受継いだ『竹峰』や『竹渓』です。指穴の大きさや間隔、音階は『獅子田流』の伝統をもっとも守った“日本の音”と言われています。二つ目は『邦楽調』と呼ばれる笛です。古典調を長唄や民謡などに合わせやすいように改良した音階の笛です。唄用と呼ぶ人もいますが、私どもはドレミに近い音階として『雲雀』というブランドを提供しています。三つ目は洋楽調という邦楽調をさらにドレミに調律、改良した笛です。日本での歴史は新しく、洋楽器などとセッションしやすいのが特徴です。私どもの『調律笛東雲』や『東雲麗』です」

●1本の誕生に60工程を経て

確かに篠笛は素朴で、気軽さが魅力だ。だが、あの独特な音色を思えば奥が深いということだ。もう何千年も前から祭りなどの場で息づいてきているのだから、まさにこの国を代表する楽器と言えるのではないだろうか。
では、このような伝統的で味わいのある篠笛を大塚さんはどのように作っているのだろうか。基本的には外見(巻き、塗りなど)、全体の長さ、指孔の数、調律のバリエーション、内部の塗りといったことが重要な構成アイテムだそうだが、細かい工程まで入れると、最低60以上の工程があるそうだ。ここでは主要なポイントだけを紹介させていただこう。

篠竹の選別
篠笛の材料になる最適な篠竹を、素材を見ながら選別をする。微妙な音の世界だから国産の上質なものに徹底的にこだわる。
篠竹の切断
仕入れた篠竹を節間で切断し、天日干しする。竹を落ち着かせるために数年間は寝かせる。現在、『竹渓』ブランドは2年以上、『竹峰』ブランドは5年以上寝かせたものを使用している。
サイズ別に選別
篠竹の太さ、長さなどによって音の調子が違うので「何本調子」という呼び方で基本音を指定する。 大塚竹管楽器では一本調子から十ニ本調子を製作。調子の数が小さくなると、基本音が半音低くなり、管はその分太く、長くなっていく。
穴あけ
指で押さえる部分に指孔を開ける。指孔の数は6個ないしは7個が多く、六つ孔とか七つ穴と呼ぶ。
頭部の閉じ
管頭と呼ばれる篠笛の頭の部分を閉じる。
調内の塗装
管の内側を漆ないしは合成樹脂で塗る。
仕上げ
内側が乾燥すると、最後の仕上げとして管まわりに籐などを巻いたり、漆を塗ったりする。巻きには両巻きとか総巻きといったものがある。
●日本の伝統的な音色に籠る夫婦の絆

このような細かな工程を経て、手触り感、吹奏感を前提に篠笛が1本、1本、作られているのだ。機械で大量生産という世界ではない。すべて手づくりだ。そのために、大塚笛師は言われる。

「ある面では家内工業ですよ、そのために妻の支えが大切ですね。作る工程において、また、ショールームなどの運営において、内助の功あっての篠笛ですね」

すると、傍らの奥様の美智子さんもにっこりだ。

「篠笛の伝統を絶やすことなく、次代の人々に伝えていきたいですね。お祭りなどのあの音色はこの国の文化ですからね。伝統を守り、次に次代に伝えていく苦労は私なりに理解しているものですから、これまでも、これからもですよ」

まさに内情の功あればということだろう。お似合いの夫婦だ。大塚笛師にとって奥様の存在は夫婦であると同時に篠笛のためのよきパートナーなのだ。そういえば、『足立が誇るものづくり』の冊子にも仲睦まじい仕事ぶりが写真入りで紹介されているが、そばにこんな言葉が添えられている。“呼吸を合わせ、夫婦で竹を矯(た)める。切り出された篠竹は何年も寝かされた後、江戸末期から代々受け継ぐ技といくつもの工程を経て、日本人の心に響く澄んだ音色の篠笛となる”と。奥様が炭火の上で竹を転がし、熱を加える。それを大塚さんが1本ずつ抜き、熱いうちに矯める。手は止まらずに夫婦の息はピッタリだ。

江戸から連綿と続く篠笛。その裏にはこのような夫婦の愛の絆ありだ。最近の著名な企業の不祥事などとついつい比べてしまい、足立区というこのような地域から伝統的な文化を守り、全国に届けるという夫婦に大拍手だ。すると、大塚笛師のさわやかな笑顔が一段と輝き、これからについてこうだ。

「この国には、この国独自の音があります。また、各地方にはその土地なりのお囃子がありますので、笛ならどんなものでも作っていくというスタンスはこれからも変わりません。同時に、現状に満足することなく、篠笛の世界をもっと広げていきたいので、いまあるドレミ音階の世界をもっと広げていくことはもちろんのこと、昔からある日本の音の維持、継続ですね。ドレミファソラシドが入ってくる前にある日本独自のすばらしい音階を基本にして、皆さんにより親しんでいただけるような笛の提供です。伝統を守りながら次代への進路を描きながらね」

大塚さんの次代への想いは熱い。祭りを盛り上げるあの音色のように次代を明るく元気にしてもらいたいものだ。「そのためにはとにもかくにも本物の篠笛で、本物の音色を届けることですね」と言いながら、「これが私どもの歴史です」と言って簡単な企業史をいただいたので、最後に添付しておこう。

大正13年
『獅子田流笛師の新山氏に師事した初代の中村甚五郎、『篠笛製作業』を継承して、台東区蔵前で『中甚』を立ち上げる。初代印号『甚』
昭和42年
伊東忠一2代目。足立区千住で『獅子田流篠笛製作業』を継承して『伊東竹管楽器製作所』を立ち上げる。2代目印号『竹水』
平成元年
大塚義政3代目。2代目を継承して『伊東竹管楽器製作所』を『大塚竹管楽器製作所』に改称。3代目印号『竹峰』
平成8年
平成4年に足立区西新井に移転に移転していた製作所を大塚 敦が引き継ぎ、4代目になる。4代目印号『竹渓』
平成15年
社名を『大塚竹管楽器製作所』を『有限会社大塚竹管弦楽器』に改称。
平成17年
本社を足立区西新井、工房を足立区入谷とする。
平成26年
大塚 敦4代目、代表取締役社長に就任する。入谷工房にショールームを設置する。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2017.11.15]

平面が立体に、起こし文(おこしぶみ)へのこだわり / 山岡 進(東京都・台東区)

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に都心がどんどん様変わりしている。勢い、自治体や企業はその流れに乗って、“東京大変革構想、只今進行中”ということに終始していくので、“昭和の東京、いずこへ”ということかも知れない。

そんな折に、(私事ごとで恐縮だが)ある展示・イベントを推進させていただいたということでちょっと気になる礼状はがきをいただいた。というのはそのはがきの裏は昔懐かしい理髪店の姿が印刷されていたのだが、切り込みに従って指を動かしていくと、昭和の理容店が立体的に立ち上がったのだ。このような絵柄が立体的になるポップアートはクリスマスカードや飛び出す絵本などで見慣れているが、これはひと味違う。懐かしい日本の店や街並みをモチーフとする起こし文(ふみ)作家の山岡 進さんのこだわりの作品だと思うと、嬉しくなった。今や時代はメール便の世だが、やはりこのようなアナログ的なはがきの世界は心やわらぐホッとするものがある。絵柄に添えられた手書きの文字も味わいがあって、送り手の心根が優しく伝わってくるのだ。

実は起こし文という言葉は見慣れない言葉で気になっていたのだが、山岡さんの飛び出すはがきを初めて目にしたのは4年前である。このこだわり人ファイル022(インテリア家具から始まるワールド・パラダイム)でも紹介したがインテリア家具やインテリア空間を通じて豊かな暮らしを提案するWISE・WISEという企業のオーナーでありながら、こだわりのある和の工芸品などを販売する佐藤岳利さんの六本木のショップである。六本木ミッドタウンというモダンな建物の中で、こんな素朴な和の世界に触れられるなんて面白い。思わず、起こし文はがきを買い求めていたものだ。コミュニケーション手段のはがきが長期に渡って飾れるアート作品になるし、郷土の時間軸&場所軸の歴史資産にもなるのだ。

ということで、今回はこの飛び出すはがきを“起こし文はがき”と呼ぶ山岡 進さんのこだわりに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル065

平面が立体に、起こし文(おこしぶみ)へのこだわり

山岡 進(東京都・台東区)

●生まれ育った昭和の香りを永らえたい

起こし文はがきを作られる山岡さんの制作工房はJR山手線の日暮里駅から歩いて3分の谷中にある。江戸時代から寺院や町屋が集まって栄えてきた処で、昔ながらの街並みが今もなおここかしこに残っている。だから、東京・下町の観光ルートの一つとして独特の空気感を漂わせている。

すると山岡さん、開口一番「私が生まれたのは日暮里駅の反対側の根岸で、現在は駅の反対側の谷中で工房兼自宅ということです。作るものは下町を題材にしたものが多く、『街並はがき』シリーズは昭和の下町をテーマにしています」だ。
いきなりのこの言葉に納得だ。机の上に広げられた数々のはがきを見ると、この街で生まれ育ってこられたことが如実に伝わってくる。地元に対する優しい眼。まさに地元愛だ。
しかもこの工房は谷中銀座商店街の『夕焼けだんだん』から一歩中に入った場所で、ドラマやカタログなどさまざまなシーンがクローズアップされるから、この地に住む山岡さんの心の中を勝手に思いやるばかりだ。そこに気になっていた起こし文という言葉である。HPで紹介されているが、改めてご本人の口から聞いておこうということだ。

「桑沢デザイン研究所を卒業し、デザイン事務所に勤めました。その後結婚することになり、案内状のモチーフを式場である根津神社にあった千本鳥居にして、それを立体化できるように作りました。それが好評だったので、さらにオリジナルな作品を作りたくて独立し、立体カードの作品群に「起こし文」という名をつけました。その後、昭和の街並を立体的に組み立てられる「街並はがき」が生まれてきます。」

なるほど、これは面白い。街から昭和の名残が消えていく中で、写真や絵画ではなく、立体的な形あるもので表現していく。加えて、そこに手書きのメッセージを添えていくなんて何か心揺さぶられるものがあるではないか。

●観光庁主催『魅力ある日本のおみやげコンテスト』でグランプリに

「その後、私の起こし文へのこだわりが募っていくばかり、個展を開いたり、ショップなどに置いてもらったりしたのですが、なんと、2011年に国土交通省の観光庁主催の『魅力ある日本のおみやげコンテスト』でグランプリに選定されたんです」

そして現在では起こし絵と起こし文の制作にこだわると共に、NHK文化センターの講師として、また母校の桑沢デザイン研究所の講師として若い人の育成につとめておられるんだ。
まさに人に歴史ありだ。この分野における山岡さんの情熱は絶えることなし、アナログ的な世界を形にするという想いは一段と燃え上がっているそうだ。では、山岡さんはどのような作品を作っておられるのだろうか、作品アルバムの中ら写真で紹介させていただこう。できれば、ショップなどで実物を目にしていただくと一番いいのだが。

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1. 谷中はがき その1「夕焼けだんだん」(写真上段左)
名物の猫たちを階段に遊ばせ、遠くに現在の日暮里駅を配して遠近感を。
2. 谷中はがき その2「昭和30年代の谷中銀座」(写真上段中央)
商店街入口アーチの元に当時の人々の風俗を。古写真に見られる「きず、かすれ、煙り」なども取り込んで。
3. 谷中はがき その3「初音小路」(写真上段右)
古いアーケードが残る飲屋街。昭和の味わいを出すため劇画タッチで。
4. 谷中はがき その4「古い八百屋さん」(写真下段左)
浮世絵の木版画のイメージで、人物なども猫の擬人化で表現。
5. 川越山車揃い(写真下段中央)
折って飾れるペーパークラフト。川越祭りに登場する2町会の山車を再現。
6. 昭和の街並み(写真下段右)
駅は2枚連作で絵がつながる、軽食堂や診療所などもあって並べると一つの街並みに。

「考えてみれば日本には、扇や風呂敷など広げて使い、畳んで仕舞える素晴らしい文化がたくさんありますね。1枚のはがきを受け取って、折れば風景などが立ち上がるなんて楽しいじゃないですか。日本の素朴な美を表現するために紙の持つ、簡単に折ったり曲げたりできる機能性や紙の透過性、さらには紙の空間性を生かせば、これからも伝統的な和の世界はつきることがありませんね。」と、山岡さんは熱い。

●熟練の技術から生まれる街の空気感

ところで山岡さんはこのような作品をどのように作っておられるのだろうか。その工程を簡単に紹介いただいたので、その言葉をそのまま掲載させていただこう。

「依頼をいただいた場合も、独自の作品を作る時も同じですが、まずは大段階としてラフなアイデアを描き、イメージを膨らませます(①)。この時、参考にするのは時代をよみがえらせてくれる図鑑や写真なのですが、谷中などについては、私が子供の頃から撮ってきた写真を最大限に活用しています。」

まさに、地元のことは地元の人が一番、ご存知ということだろう。

「イメージが出来ると、原寸はがき大のダミーを作る第2段階に入ります(②)。全体の構成や細かい部分を何度もチェックして、納得できるまで修正を加えます。そして、ダミーが完成すると、第3段階です。パソコンのIllustratorでラフ画を描き、再度、ダミー化して細部をチェックします。問題がなければそれを下絵にして、Photoshop+タブレットで絵柄を手書きで書いていきます(③)。私にとって、この手描きは重要で、絵画の味わいを出すために非常にこだわっています。」

やっぱりこの種の作品は一つ一つの技術の積み重ねであることに改めて納得だ。1枚のはがきが心やわらぐ人に優しい世界を生み出していくなんて、やはり山岡さんのこだわりはここにありということだろう。単なる起こし文ではない。されど起こし文ということに違いない。

●国境を越え、世界に広がるこだわりの起こし文文化

山岡さんの工房を出てしばし谷中銀座を散策したが、先ほど見せていただいた谷中はがきが次から次へと蘇ってくる。自分がいま、何か遠い時間帰りをしているようだ。『夕焼けだんだん』の階段に当たる夕陽が、その時間をいやが上にも増幅させてくるようではないか。
“ナイス、シーン!”。そばを行く外国の観光客は赤ら顔で表情も柔らかく声を弾ませている。すると、私の頭は外国の人はもとより、この国の人にも“あの賑わいの浅草散策もいいが、しっとりした谷中散策もいいでしょ”と声をかけたくなっている。しかも、帰り際に言われた山岡さんの「東京の街が、いや、日本中の街がどんどん変わってしまうでしょうから、街並はがきが更に愛されてもらえればありがたいです。」という言葉がそこに重なってくるのだから、まさに山岡パラダイムの共有だ。

そういう意味で言うと山岡さんの起こし文は、ある面では趣味的な所から出発されたかもしれないが、日本の文化や風俗の歴史資産を後世の人々に伝える歴史の生き証人的な役割を担っておられると思えてきて仕方がない。となると、そのこだわりの技術はこの街を越え、日本全国の街や村へ、さらには外国へと広がり、“自分たちの街をこのような形で残していきたい”ということになってくるのだろう。

あやかろう、明日を迎えに行った明るい夕陽に向かって合掌だ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2017.10.03]

お客様とスガツネをつなぐサービスサイトへのこだわり / 『スガツネット〈製品情報提供サービスサイト〉』

いま、こうしてパソコンの画面に向かっていると、パソコンの存在に改めて魅せられてしまいます。昭和50年頃からビジネスの必需品になってきたパソコンは今や一人一台の時代になっている。企業の規模や業種を問わずビジネスを制するもっとも身近な業務ツール、いや、経営ツールだということを多くの人が実感しています。しかも、そのツールをもっと多面的に、もっと効率的に使っていきたいというニーズは尽きることがなく、タブレットやスマートフォンを巻き込みながら、さらなるサクセスストーリーが期待されています。

もちろん、こんなことは先刻ご存知のことだと思いますが、企業や団体のWebサイトなどを拝見するとパソコンの便利さ、厳密に言いますと、ネットサービスをどのように日常化していくかが最大の関心事になっています。裏を返せば、企業や団体は従来的なカタログなどの紙メディアや展示会などのリアルメディアに加えて、ネットを使ったデジタルメディアをユーザーサイドに立ってさらに整備し、体系化していくかということでしょう。

スガツネ工業も御多分に漏れず、そんな観点からデジタルメディアの活用に軸足を置き、多様なお客様のネットサービスニーズにお応えさせていただいています。建築や家具の設計者はもとより施工者、工事者、さらには施主等々の日常的な業務を見れば、製品情報や企業情報を総合的かつ体系的にお届けすることが不可欠だという想いからです。

ということで、今回は手前味噌ですが、このほどお客様サイドに立って見直し、充実させていただいた『スガツネット〈製品情報提供サービスサイト〉』を紹介させてください。

こだわり人 ファイル064

お客様とスガツネをつなぐサービスサイトへのこだわり

『スガツネット〈製品情報提供サービスサイト〉』

●画面で見る、デジタルカタログ

何はともあれ、新しくなった『スガツネット〈製品情報提供サービスサイト〉』の画面をご覧ください。多彩な製品情報から企業情報、イベント情報、広報情報などを紹介するトップ画面で、カタログなどのページをめくる感覚で最先端情報が入手できます。体系的に見たり、1点1点個別に見たり、意のままに。

具体的な機能についてはこの後で紹介させていただきますが、まずは新しくなった『スガツネット〈製品情報提供サービスサイト〉』提供の趣旨を紹介しておきましょう。

このサイトの最も大きな特徴は“お客様オリエンテッド”という観点から、私どもスガツネ工業の家具金物や建築金物に関する情報を総合的にかつ体系的にすばやくお届けすることです。特に昨今はお客様の製品ニーズが多用で、内容も広範多岐で急ぎを要するものが多いので、私どもも正確でクイックな情報提供をしていくことが大事です。また、多様な設計業務に欠かせない商品のCAD図面や取付け方法などの詳細解説も不可欠ですし、納入事例なども写真でじっくり見ていただきたいということです。

そこで、その具体的なサービスサイトの立ち上げについては主に二つの点に優位性を持たせました。
一つは多様な商品検索の容易性であり、もう一つは商品決定の効率性です。まさにデジタルカタログならではの安心できる機能によって、設計業務などに伴う商品検索や施工工事などの見える化を実現したわけです。また、見える化によって商品の発注業務などもより優位に展開できるようにしたのです。

●即戦力機能によって、便利さを徹底追求

では、このスガツネットはどのように使われるのでしょうか。すでに多くのお客様にご利用いただき共感をいただいていますが、その内容や機能を実際の画面などを見ながら紹介していきましょう。

1. 商品の素早い検索

建築金物や家具金物などスガツネ工業の多様な商品を、画面を通して素早く閲覧できます。また、多様な商品の中からお目当ての商品情報も素早く入手できます。

(検索詳細表示 / キーワード検索 / カテゴリ検索など)

2. 対応商品の素早い確認

検索した商品についての詳細を、画面を見ながらじっくり確認できます。商品比較なども容易ですし、情報を関係者に瞬時に配信することもできます。

(商品詳細 / 事例動画 / スペック / 価格 / 設置シミュレーションなど)

3. 対応商品の素早い決定

設計支援機能としてCAD図面情報や取付・取扱説明書が即時入手できますので、設計業務が効率化できます。また、商品選定ツール『さスガくん』によって商品選定の容易化がはかれます。

(CAD表示 / 取付・取扱説明書 / 施工・工事方法 / 組立方法 / 選定ツール「さスガくん」など)

CADデータの取得には無料のWeb会員登録が必要です。

4. 総合的なバックアップ

多様な設計業務を効率化するために、スガツネットのカタログ閲覧機能“デジタルブック版カタログ”では、デスクワークなどが優位に展開できる便利機能を数多く装備しています。

(印刷 / PDFダウンロード / 切抜き / コピー / ペン / 付箋 / お気に入り追加など)

以上、スガツネットの多様な機能を紹介しましたが、特に販売店の皆さま()には『発注・管理システム』を設けていますので、画面を通して商品確認や発注が素早くできるようにしています。

現在、ご利用にあたってはスガツネ工業による利用調査・専用アカウント発行が必要となります。

●至れり尽くせり、設計業務の効率化支援

では、このスガツネットによって設計業務はどのような変革を見せるのでしょうか。また、経営環境にどのような活力を持たらすのでしょうか。これまでの内容で、すでにその便利さや効用イメージを描かれている方もおられる思いますが、その内容を表記しておきましょう。

  • 情報の一元化が進み、
    デスクワークが効率的になる
  • 効率的になったデスクワークによって、
    経営判断や意思決定が明確になる
  • 納期やコスト意識が進み、
    社内のモチベーションがアップする
  • 社内外のネットワーク化が進み、
    情報の共通化が進む

まさに、私どもが意図した効用が着実に根づいているのではないでしょうか。その効用について、世界を代表するスペースデザイナーの小坂竜さん(乃村工藝社商環事業部「A.N.D」クリエィテブディレクター)は次のように言われるので、その内容を紹介しておきましょう。

●今日も、明日も、次代に向けたホットライン

「私どもの世界は秒進分後で進む時代です。そのため、メーカーから提供される商品に常の目を光らせ、いつでも入手できる環境が重要です。また、人手不足などによって図面業務やデスクワークの効率化が一段と問われてきますので、その改善とそこから生まれた時間をよりクリエイティブな方向に向けていくことが重要です。そういう意味で、スガツネのサービスサイトは即戦力の“パートナ-サイト”というべきですね。私どもとスガツネ工業を結ぶホットラインですね」

設計図面に明け暮れる小坂竜さんのありがたい言葉だ。建築金物や家具金物を造るメーカーとして、スガツネ工業もまた、図面の作成や設計業務の重要性を身体を持って体感していますので、まさに身から出たパートナ-です。これからも皆様方の声に耳を傾けながらより使いでのあるサイト運営に努めてまいりますので、どんどん声を聞かせてください。

【こだわり人ファイル006時間と空間の紡ぎあい。】にて、小坂竜氏をご紹介させて頂いております。是非こちらもご一読ください。

そういえば、CADを使った図面作成に長けた建築家がこんな提言をされていたので添付させていただきます。

「考えてみれば、設計段階で出来上がりがイメージできる図面作りが非常に大事です。その図面について、人手不足などの問題や技術の進歩によって設計部門のAI化はどんどん進むでしょう。設計のAI時代は時間の問題です。そういう意味で、このほどのスガツネ工業の情報提供サービスサイトには大いに期待したいですね。AIなどへの前哨戦ですね」

このようなお言葉を頂くと、私どもスガツネ工業としても、もっともっとお客様サイドに立って、目の前のパソコンをより効率的に使いこなせるようなサービスを皆様にご提供していく必要があると実感させられます。

これからもスガツネットはますます皆様にとって使いやすいサービスサイトに変化していきます。今後の展開を是非ご期待ください。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2017.09.06]

アミューズメントロボットへのこだわり / 秋山岑生(東京都・世田谷区)

 日本のロボット産業の行き先について、さまざまな論評が飛びかっている。中国メディアの工控網は、日本のロボット技術はあらゆる面で世界をリードするロボットの革新基地になることを示唆している。言わずもがなで、我が国のロボット技術に対する期待は大きく、高齢化や少子化をはじめとする労働力の減少といった面からも、さらなる期待が集まっている。

 そのために我が国政府も、ロボット大国を目指してさまざまな施策を掲げているが、先頃、世田谷区のこの分野に明るい方がちょっと気になるメール便を送ってくださった。読むと"ロボット産業へのこだわりは不可欠で、産業ロボットやサイエンスロボットが光を浴びているが、博物館やショールームや商業施設などでのコミュニケーションメディアとしてアミューズメントロボットやエンターテイメントロボットにもっと着目して欲しいね。世田谷区にはこの分野のこだわり人がおられるので、凄いよ。秋山岑生(みねお)さんだ"と記されていたのだ。

 お名前は耳にしたことがある。昭和40年代の初めに、動く動物模型を博物館や商業施設のディスプレイ用に作りだされた方で、今日のアミューズメントロボット文化やエンターテイメントロボット文化の第一人者だ。今や年齢も80才を越えておられるが、ロボットへのこだわりは絶えることなく、"自ら描き、自ら創る"に徹しておられる。そんな大御所をボクのような若造が紹介するなんて何と畏れ多いことか だが、ボクの好奇心はたちまちのうちにアポイントをとる電話に向かっていた。

 ということで、今回は秋山さんのアミューズメントロボットなどロボット人生に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル063

アミューズメントロボットへのこだわり

秋山岑生(東京都・世田谷区)

●夢みるロボット少年の心

 京王線の仙川駅。駅から徒歩で20分の所に『工場?研究所?』とちょっと秘密めいた館がある。秋山さんがいまも、夢を描き、夢を熟成し、夢を形にする創造拠点だ。入口に『マイテク』という小さなプレートがあるだけだから、その中への好奇心はいやが上にも高まるというものだ。

 案の定だ。中に入ると、もうそこは今にも鉄腕アトムやロボコンやダースベイダーが飛び出してきそうな雰囲気だ。愛嬌のある動物園の人気者や、もう何度も目にしてきた恐竜や表情豊かなだるまが話しかけてくるようではないか、制作中のロボットのサンプルや設計図面を見ると、ついついこちらもさまざまな想像力を駆り立てている。秋山さんはその中央に座っておられて、いい笑顔だ。とても80才越えなんて、ウソ、ウソだ。表情も動作も夢見る少年だ。

「私の今日に至る足取りを話させてください。その足取りに私のこだわりが集約されているからです。
 私は福島県の会津で生まれました。いまの子供のように簡単におもちゃを買ってもらえる時代ではありません、とにかく自分で作るしかないんです。ですから、物心がつくようになりますと、自分で描いて、自分で創っていましたね。それがいまも続いているんですね。ですから学校も、地元の福島大学の美術科に進み、卒業すると、そのまま福島大学の助手になっていました。
 ところが一年後です。知人を通じて、東京のデザイン事務所に誘われたので上京し、グラフィックデザインなどの仕事をしていました。でも、その事務所もいま一つ自分の想いと違うので、2年後には同郷の友人と『東京デザインプロダクション』というデザイン事務所を立ち上げたんです。26才の時です。
 それから5年後、私が31才のときです。ディスプレイ用に動く動物模型を作ったんですが、それがロボットの研究団体やマスコミから注目されるようになったので、これは面白い。やりがいがあるということですよ。33才の時に、動く動物模型を中心にした事業を展開しようということで、『東京デザイン工芸』を立ち上げたんです。それからは動くロボットの開発という毎日ですが、48才の時にあの『キティちゃん』でおなじみのサンリオの出資を得て『ココロ』を立ち上げ 、専務として開発部門を担うようになったのです」

●動くロボットを創ることを目的に起業

 秋山さんはその後、51才の時に『ココロ』の代表取締役になられるが、その間に我が国はもとよりロボット先進国アメリカなどから"日本に秋山あり"という名を頂戴されているのだ。ボク自身、街やデパートやレジャー施設で秋山さんの創る独創的で親しみやすいキャラクターを今も鮮明に覚えているので、年代を追ってその開発史を紹介しておこう。

1969年(昭和44年)
京王線新宿駅の改札上部に動くキリンを設置
平塚市の風物詩である七夕祭りの際に商店街アーケードに幻のネッシーを再現
1982年(昭和57年)
三越デパートの恐竜展の開催
1983年(昭和58年)
三越デパートのロボット展の開催
恐竜ロボットをアメリカ・カンサスシテイの『IAAPA]に展示
宝塚ファミリーランド(童話館)に人体型ロボット8体を設置

 まさに、アミューズメントロボットやエンターテイメントロボットの歴史に残るクリエイティブだ。

「新宿駅のキリンは多摩動物園のオープン15周年の記念事業でしたが、駅の行き交う通路の上に巨大な動くキリンで、腹ばいになって左右に首を振りながら草を食べるのですから、キリンの形態、機構、材料の調達、設置工事。その達成感がその後の私の原点になりましたよ」

 その後1987年〈昭和62年〉、51才の時に『ココロ』の代表取締役に付き、1987年〈昭和62年〉にはアメリカ・ロサンゼルスに『ココロUSA』を設立されている。この偉業を当時のマスコミも華やかに取り上げ、日本のロボット技術が海を渡ると拍手を送ったものだ。そして、アメリカの博物館を中心に8セット、130体のライフサイズ(実物大)の恐竜を納品し、その後のビッグプロジェクトである西武ユネスコ村『大恐竜探検館』の総指揮をとられるのである。やはり当時のマスコミはこの大事業についてよく取り上げていたが、1993年〈平成5年〉完成された時に報じられた総工費100億円、ライフサイズ恐竜250体。それをボートライドに乗って探検するというのだから、そのスケールの大きさは推してしかるべきだろう。まさに今日の恐竜施設の拡がりは秋山さんから始まっていったのだ。

●御年、80才を越えてもロボットへの夢は尽きない

秋山氏の『自ら描き、自ら創るロボット』への夢は尽きることがない。

その後、1994年(平成6年)。58才の時に『ココロ』を退任されたのだが、3か月後にはアミューズメントロボットやパーソナルロボットを開発・製造する『ロボテックス』の設立に参加し、代表取締役を務められる。そして3年後には"感性のあるロボットの開発・製造"を目的に、現在の『マイテク』を立ち上げられたのだ。その後も自ら描き、自ら創るロボットへの夢は尽きることがなく、現在も続いていると言われるので、その後の足取りを付け加えておこう。

1998年(平成10年)
日本の伝統的なからくり人形の自動化に成功
2001年(平成13年)
横浜トリエンナーレ展で巨大バルーン『イナゴ』設置
2002年(平成14年)
シンガポールサイエンスセンターに巨大カメレオンロボット設置
2004年(平成16年)
ロボット劇場『ノームの森」完成
2006年(平成18年)
メカロボ漫才『ITクッキング』制作
2007年(平成19年)
メカロボ漫才『地球大好き』制作
2008年(平成19年)
USAジャクソンビル博物館に『心臓模型』納品
2010年(平成22年)
産業ロボット『マスク耳紐自動溶着機)』完成
2011年(平成23年)
所沢航空発祥記念館の展示造作物の制作

 秋山さんのロボットへのこだわりは尽きない。改めて魅せられる。

「こうして、私の足取りを紹介していますと、私の自ら描き自ら創る精神は終わりそうじゃありませんね。あの『ココロ』が掲げた創業精神 "ロボットに心を吹き込み、こころを持ったロボットを創っていきたい想い。ロボットが人を楽しませて、人とのコミュニケーションで心を通わせる。人と共存できるロボットを創る" がいまなお受け継がれているのは本当に嬉しいですね。キーワードは『単純化、先進性、新規性、意外性』の4つでしたからね。
 考えてみれば、今も当時と全く変わりませんね。あの時、私たちの事業は『動刻』と呼んでいました。動く彫刻ということで、その存在を広く認知してほしかったんです。ロボットを通じてお客様の心を刺激し、心を通い合わせるということですよ。一つ一つが手づくり。夢を形にする『動刻』を創るプロセスは、昔も今も基本は次の通りです」




  1. お客様の希望を聞き、相応しい満足企画を進言
  2. お客差の要望に合わせてオリジナリティのある動刻や企画を提案
  3. 企画提案に賛同いただくと、具体的な設計図面を作成し、制作の工事日程や金額提示
  4. 了承いただくと、外装、形態、機構など仕上がりを前提に工場制作に着手
  5. 特に動刻は外見、見た目の印象と動くメカニズム、プログラムが重要なので、
    さまざまなシミュレーションをして完成度をアップ
  6. 完成した後の品質管理にも万全を喫し、合格を確認したうえで出荷
  7. 現場の設置工事、駆動点検、お客様の了承
  8. 保守、メンテナンスなど維持管理への対応

 そのプロセスの重要性は想像して余りある。ここ事業は理屈ではことが進まないことがあまりにも多いそうだ。人の心をとらえ、それをアイデアに変え、デザインする。確かに技術だけで解決するものではない。作ったものを見た人が目を輝かせているかいないかがすべての出発点だそうだ。

●ロボットを通じて心と心を結ぶ

 今回のこだわり人は秋山さんの仕事の足取りに傾注したかもしれない。80才を越えた秋山さんのこだわりはもうそこに集約されているからだ。最後にお聞きした。現在取り組んでいるロボットはと、するとこうだ。

「現在は2020年の東京オリンピックに照準を合わせて、日本の伝統的な心と技術心を世界中の人に共感していただきたいので動くだるまをモチーフにしたロボットに挑戦しています。題して"応援だるま"です。だるまが持っている日本的な祈り、応援する心を動く手や目にですよ。口も世界中の言葉を発しますからね」

 秋山さんのロボットへのこだわりは尽きない。

 そういえば、『夢を追う経営者たち―21世紀を創る12の男』(出版社:ティビーエス・ブリタニカ)に、"Jリーグを成功させた川渕三郎"氏、"「地球にやさしい家」創造への道 OMソーラー協会専務理事 小池一三"氏らと並んで秋山さんが、"世界を制覇した「動く恐竜の動刻」創造への歩み 秋山岑生"とクローズアップされている。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2017.07.28]

伝統的なものづくり精神を次世への架け橋に / 指物益田(東京・墨田区)

 いまから27年前、墨田区商工政策課産業経済課が出版した『すみだの産業を世界につなぐ―デザインガイド』という本に惹き付けられた。いまでも時々、ページをめくってみるが、地方自治体でデザインを区の活力源にしていこうというコンセプトが非常に新鮮に思えたのである。冒頭で、当時の奥山区長が"デザインがものづくり、まちづくり、人づくりに活気とうるおいを与えるので、デザイン振興に力を注いでいきたい"などと述べられているが、現在の墨田区の顔とも言うべき東京スカイツリーなどを見ると、まさにあの想いが開花し、次代へのエンジンここにありということかも知れない。

 そんなデザインに区の未来を夢みた墨田区の職員の方から、ちょっと気になるメールが送られてきた。“墨田区は東京の下町で、街を歩けばどこからともなくものづくりの音が聞こえてくる街だが、区の南の端の立川に区内唯一の江戸指物(さしもの)師からスタートして現在は、木工家具などの制作に携わる益田大祐さんという方がおられるから、話を聞かれたら”と。

 名前は伝統的な指物を作る若きホープということで、知っていた。年々、数少なくなっていく指物師の世界にあって、実用性、装飾性。毎日の生活に彩を添える指物に独特の世界観をお持ちなのだ。これはビッグチャンスだ。そのこだわりを目の当たりにしなければだ。

 ということで、今回は伝統的な指物という世界に止まらず、ものづくりの街、墨田区のDNAをしかと受け止めた益田大祐さんのこだわりに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル062

伝統的なものづくり精神を次世への架け橋に

江戸風鈴本舗(東京・江戸川区)

●富士三十六景に描かれた本所立川

 戦後になって、家具業界も機械化が進み、洋家具が主流になってきた。それでも日本の伝統的な工芸品として受け継がれてきた指物を好む方は多いという。特に近年は若い世代の人が指物に魅せられて、マンションなどのモダンな世界に住んでいてもリビングや寝室に座卓や飾り棚などの指物を置く方も多いそうだ。

 嬉しいね。やっぱりこの気分は。弾む気持ちを車窓に映して都営新宿線で菊川へ。葛飾北斎の『富岳三十景』に描かれた堅川も往時の面影はまったくなくなってしまったが、益田さんの工房の前に立つと、早くも子供の頃によく耳にした木を削る鉋(かんな)の音だ。リズミカルな響きに、HPで拝見していた益田さんの穏やかな笑顔が重なってくる。

 そして、入口のガラス戸を開けると、もうそこは完全に益田ワールドだ。行儀のいい美しい木目に削りたてのやさしい木の香り。その周りには手入れの行き届いた鉋(かんな)や鋸(のこぎり)。すべてが益田さんのそばで居心地よさそうだ。まさにその姿、主を囲んで、"さあ、おいで"と、満を持しているようではないか。40才少々の若き指物師に多くの眼が注がれていることに、納得だ。

 指物師と言えば、ともすれば年期の入った労連の職人を思わせるが、まったくの思い違いだ。益田さんはその風貌からして木工家具の若き工業デザイナー、いや、インテリアアーティストという雰囲気をお持ちなのだ。

●伝統的な巧みの技を次世代につなぐ。

 すると益田さん、こちらの思いを察するように、こうだ。

「確かに私は、学生時代は工業デザインを専攻していましたので、そう見えるんですかね。私は高専を卒業して、最初は特注家具製造会社に就職しました。
 ところが、入った家具会社は機械が優先で、この形は機械では作れないからということで対応してもらえない。また、手のこんだものだと60才過ぎの職人さん頼みで、手工具の技術が失われつつありました。
 自分のデザインを表現することの難しさを抱える中、足を運んだ江戸指物組合の展示会で指物の技術に圧倒され、親方である江戸指物師の渡邊のもとを訪れました。初めて親方と話した時には給料の事や仕事をおぼえる事の大変さなどを説明され、「ちゃんと考えてからまた来なさい」と、出直すことになりました。
 すると、その数日後には仕事を辞め、親方の所に足を運んでいましたね。ただただ、江戸指物に一目惚れしてしまったのでしょう。伝統的なものを継いでいこうという意識はあまりなかったですね。ひたすら技術を身に着けたいの一心でした。
 そうした弟子時代の中で、技術と共に江戸文化や下町文化がしだいに身に付くようなり、30才の時に独立し、自分の工房を埼玉に構えました。そして2年後です。墨田区の先輩の職人さんが「墨田区には指物師がいないので来いよ」ということで、この立川で工房を立ち上げたのです」

 まさに、人に歴史ありだ。工業デザイナーを目指した後に指物師として腕を磨き、ここ立川に工房を構えてからは、2009年に『墨田区伝統工芸保存会』に入会、2011年に『すみだブランド』認証、2013年に職人グループ『もの語り』発足、2014年に『すみだマイスター』に認証されておられる。
そして、2015年にはあの歌舞伎の名門『中村芝翫丈襲名の楽屋鏡台』を制作されているし、2016年には『LEXUS NEW TAKUMI PROJECT』の東京の匠に選出されている。まさに、一途な江戸職人の心意気を永らえた御仁、ここにありということだろう。

●指物文化を生活文化につなげていきたい

「私は家業としてではなく外から弟子入りしたので、伝統工芸としての自分の仕事を意識したのは独立してからの事でした。まだまだわからない事ばかりですが、生活と文化のつながりを大切にしてもの作りをしていきたいと思います。生活スタイルが変化していく中で、ただ昔の物ばかりを作っていてはいけない。しかし、流行に流されてはいけない。 何をまもり、何を変えていくかが大切だと思います。重要なのは作品そのものではなく、それを作り出す職人の技術や考え方であると考えています」

 指物というと確かに、この国では日本の伝統的な木工品というイメージがあるが益田さんは、そこに止まらず、時代の新しい空気にも積極的にチャレンジしていこうとされているのだ。

 益田さんの工房には墨田区が認定する「小さな博物館」として隣接する「指物博物館」がある。電話での要予約制だが、小さいながらも作品はもちろん道具や資料等も展示されている。

 そこに貼られた指物の製造工程表が目に飛び込んできたので、どのように作られているのか、その流れを記した看板がかかっていたので、それをそのまま添付させていただこう。

表:指物の製造工程表
 1. 材料の木取り
しっかりと乾燥させた木材を選ぶ。製作に必要な量の板材の取り方を決定します。
 2. はぎあわせ
必要に応じて板と板を接着し、幅の広い板材にします。
 3. 削り
木取った板を正確な厚みで正しい寸法に鉋をかけて削ります。
 4. 仕口、接手
板と板を組み合わせ、その組み合わせ方を仕口といいます。さまざまな仕口や継手を必要な場所に施すことにより、堅牢で美しい指物が出来あがります。
 5. 彫り、くり
小刀やノミを使い、板に曲線を取り入れます。模様を入れた「透かし」、柱の脚の下から反らせる「テリ」、その他、框戸や引き出しに化粧する「ヒモ取り」「額上げ」など様々な技法があります。
 6. 組立
仮組立のことで、接着剤などを入れる前に、ホゾの硬さや水平・直角などを調整します。
 7. 仕上げ削り
いろいろな面取り・模様を施します。「銀杏面」「切り面」など様々な面取りがあります。
 8. 研磨
指物は塗装に漆を使うことが多く、その拭漆の仕上がりを最高にするためとても重要な作業です。鉋、木賊(とくさ)、椋(むく)の葉が順に使われます
 9. 塗り
拭漆などで塗装を施します。
10. 仕上げ
引手や蝶番等をつけて、引き出し、引き戸を微調整して完成させます。
●モノづくりの土壌が根をはっている

 取材して改めて痛感したのは、指物で作られる物は、多種多様にあることだ。

「ちゃぶ台・鏡台から茶道具・仏具など一度しか作った事のない物や、まだ作った事のない物もたくさんあります。また、 木で作れる物であれば何でも作る事ができます。まだまだ勉強ばかりの毎日です。
伝統的なものから現代の生活スタイルの中でも使いやすいものの提案など使う人に寄り添うものづくりをこれからも目指していきます。お客様に木のすばらしさ、伝統技術を伝えられる事ができれば幸いです。」

「最後に墨田区の産業の伝統は、小さなものづくり職人がお互いの技術を分け合い、連携しあい、厳しく評価しあって製品を作り上げて行く『ものづくりネットワークの集合』なのだと感じた。これからもその伝統を未来に繋げ、都市生活者を彩るさまざまな感性豊かな製品を生み出す力を身近にかんじてつけていきたい。そういう意味で、工房ネットワークといった存在が都市づくりの一翼を担っていくことを夢みてやまない」

文 : 坂口 利彦 氏

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